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「王騎の死んだ理由とか何巻でそうなっちゃったのか詳しく知りたいな。けっこう早めに死んじゃうんだよね?」
こんな疑問に答えます。
「キングダムの王騎ってどうやって死んじゃったの?…カッコよかったのに。」
キングダムと聞くと「王騎」の印象は強いのではないでしょうか。
将軍としてだけではなく、人としての人望も厚かったキャラクターです。
この記事では、キングダムに登場する王騎の死亡について解説しました。

王騎カッコイイよね。最後の最後までイケメンみたいだよ。
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キングダム王騎が死亡した経緯!何巻何話?

さっそく、王騎が死亡してしまった経緯について紹介していきます!

かなり序盤で亡くなっちゃたんだけどね。でも存在感あったしカッコよかったよ!
龐煖(ほうけん) に矛でどどめを刺されて死亡

結論から言うと、魏加の弓が背中に刺さって、一瞬怯んだ王騎を龐煖が矛で致命傷(トドメ)さしたことで死亡してしまいました。。。
総大将・龐煖(ほうけん)との戦いで命を落とした摎の仇を討つために、圧倒的な武力で龐煖を追い込んでトドメを刺そうとします…しかし、そこに誘いの本命である「李牧軍」が予想よりも早く登場したことで王騎軍は完全に「詰み」となってしまいます。
王騎自身は、敵の誘いであり「隠れた本命が存在する」ということを分かっていながらも、窮地に追い込まれた蒙武を助けるため自ら積極的に動いて趙荘軍と対峙することになりました。
婚約者だった摎(きょう)の仇をうつためでもあった

さらに婚約者であり六大将軍の一人・摎(きょう)を討った仇である龐煖(ほうけん)が敵将であることを知り、王騎は馬陽の戦いの総大将として出陣することを決めます。
先々代の王「昭王」に仕え心からリスペクトしていたため、先々代が亡き後は戦場には出ず、引退したのでは…と噂された王騎。
しかし、嬴政と対峙し、共に中華統一を目指す事を誓い、再び戦場に出る決心をします。

死んじゃった理由は、仲間を守りたいと言う気持ちと、愛する人の仇を打つためだったんだよね。摎(きょう)のために戦いに挑む方が根拠としては強かったと思うな。にくかっただろうからね。
16巻172話で死亡
王騎の死亡するシーンは、マンガの11巻から始まる「馬陽の戦い」で展開されます。
具体的には、キングダム「16巻172話」で死亡します。
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王騎の死亡シーンがかっこよすぎ
龐煖に胸を刺され致命傷を負った王騎。
それを見た王騎兵たちは
剣を落とし、戦意を失ってしまいます。
その様子を見た王騎は激怒。
胸に矛を突き刺したまま
龐煖の首を落とそうと、刃を振り下ろします。
しかし、さすがに叶わず力尽きる王騎。
信が王騎の馬に乗り、そのまま死地から逃走するため駆け出します。
敵に囲まれた絶体絶命の状態でしたが、
信に馬を走らせながら
首を狙い襲ってくる敵を王騎が矛で倒し、
なんとか敵の布陣から抜け出します。
敵兵達を振り切り山奥で、
騰・蒙武・飛信隊たちに囲まれ
王騎は息絶える事となります。
そこには王騎軍を継承する騰や、
次代の六大将軍となる蒙武、
矛を継承する信という
次世代を担う将軍達に囲まれての
武将としてカッコ良すぎる最高な最後となっていました。
李牧の策に敗れ死亡した王騎。
蒙武を責めず後の課題を提示し、
副官・騰に感謝し全てを任せ、
信に大将軍への道を示した
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王騎とはどんな人物?

そもそも王騎はどんな人物だったのかについて解説します。
王騎のプロフィール
王騎のプロフィールはこちらです。
- 名前:王騎(おうき)
- 年齢:不明(40〜50?)
- 職位:秦国の六大将軍
- 戦い方:巨大な矛
- 性格:リーダー気質、冷静
王騎は信が目指すべき大将軍だった
初陣で信に「戦とは武将だ」と説き目指すべき大将軍とは何かを信に示します。
信が百人将として参戦した馬陽の戦いでは百人隊に「飛信隊」と名付け信に「王騎の矛」を授けています。

王騎は死に際に、信に対して「素質はありますよ」と最後に言い残したんだよね。バトンを渡したみたいでカッコいい!
アニメ王騎の声優は小山力也さん
アニメにおいて、王騎の声優を演じるのは「小山力也さん」です。
プロフィールはこちらです。
- 名前:小山力也(こやま りきや)
- 出身:京都府
- 職業:舞台俳優、洋画の吹き替え
- 所属:青二プロダクション
- 代表作:『名探偵コナン』毛利小五郎、「Fateシリーズ」衛宮切嗣、『血界戦線』クラウス・V・ラインヘルツなど

王騎の笑い方はなんか癖になるよね。ココココ…。ンオッフウ…。
王騎将軍は大沢たかおが務めた【実写版】
王騎将軍は実在したの?
王騎という人物が実在したかどうかは、とくにファンでは気になるところですよね。
少し触れてみたいと思います。
王騎はオリジナルのキャラクターだった
実在しないキャラクターだった。
モデルになったのは、王きと王齕おうこつがモデルみたい。
「史記」での王騎
『史記』での王騎の登場は以下のようになります。( )内は引用元のとおり、〔 〕内は筆者の補記)
「〔昭王の〕四十八年十月、韓が垣雍(えんよう、河南・原武)を秦に献じた。秦軍は分かれて三軍となった。武安君が帰り、王齕が将として趙の武安君を伐ち、皮牢(ひろう、河南・武安の西)を攻め取った。」
「〔昭王の〕四十九年正月、いよいよ増兵して陵を援けたが、陵の作戦がよくないので王齕が代って将となった」
「〔政は〕李斯(りし)を舎人(けらい)とし、蒙驁(もうごう)、王齮(おうき)、麃(ひょう)公らを将軍とした」
「〔政の〕三年、蒙驁が韓(かん)を攻め十二カ城を取った。王齮が死んだ。」
いずれも王騎が将だったことはわかりますが、いつどこで生まれて家族はどうだったかといったことは、記載がありません。
『史記』は、前漢 武帝の時代に司馬遷が編纂した約53万字の紀伝体(年代順ではなく人物や国ごとに出来事をまとめた形式)の歴史書です。
武帝の時代とは、前141年から 前87年。つまり、秦が滅んでから100年ほどのちに書かれたということになります。
マンガのような偉業をした感じはなく、紀元前244年に死亡したんだって。手柄なしみたい。
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「スーパーファイト」に替え玉出場したサイタマを実力者であると見抜いて、そこからサイタマに関心を寄せ始めたんだよね。
王騎将軍の名言
最後に、名将とも呼ばれる王騎の名言を紹介します。
共に中華を目指しましょう 大王
昭王にのみ仕えていた六大将軍の最後の生き残りである王騎(おうき)が、エイ政に忠誠を誓ったことを示す言葉中華統一を目指す政に、秦王たる素質を感じた王騎は秦軍総大将として馬陽へと出陣します。
王騎は政と信という次世代の希望と出会いますが、残念ながら馬陽の戦いから戻ることはかなわず戦死しました。報告を受けた政は出陣前の王騎とのこのやり取りを思い返し、肩を震わせ涙するのでした。

ネオヒーローズには、高収入に釣られて参加したんだよね。素直なところがあるんだね。
この死地に 力ずくで活路をこじあけます 皆の背には常にこの王騎がついてますよ
数で圧倒する敵軍を前に、死に物狂いで戦うことを強制した王騎(おうき)が部下たちの闘志に火をつけたこの言葉李牧(りぼく)率いる趙軍の兵は王騎軍の約十倍。
王騎軍の兵士たちは絶望しますが、王騎は大将としてそんな彼らに一人あたり十人の敵を倒すことを義務付けます。
具体的なゴールを示し、さらに後ろには大将軍である自分が控えていると伝えることで、一気に戦場の空気を変えてみせた名言です。
命の火と共に消えた彼らの思いが全てこの双肩に重く宿っているのですよ
王騎の強さが理解できないホウ煖(ほうけん)に対して言ったこの言葉
1人で山にこもり鍛錬を積み重ねてきたホウ煖に対し、王騎は戦場で何万もの仲間の死を見届け、
それを受け止め進み続けていました。
天下の大将軍とも言える王騎は、今は亡き仲間の思いも背負い戦っているからこそ強く、彼らを思い続けているからこそ、何万もの兵を束ね先頭に立ち続けられたのでしょう。
戦に慈悲は無用なれど奪い取った地にある民は奴隷に非ず 虐げることなく自国の民として同様に愛を注ぐこと
王騎がエイ政を秦王と認めた時に伝えた言葉
これは昭王の遺言であったものの、政は教わったことがありませんでした。なぜなら昭王は王騎に、
この遺言を伝える相手は昭王の遺志を継ぐ素質がある秦王のみにするよう託していたからです。
そしてその判断を一任された王騎は、先代の王には伝えず政にのみ昭王の遺言を聞かせたのでした。
国や人を思う気持ちが次世代につながった瞬間で、その重みが伝わる名言です。
まとめ
この記事では、キングダムに登場する王騎の死亡について解説しました。
キングダムと聞いて思い出すのが王騎と言ってもいいぐらい印象的なキャラクターです。
ですが、正義感が強く将軍の代名詞とも言える王騎ですが、早々と死んでしまいました。
この記事を読んで、キングダム王騎の死様を知ってください!
引き続き解説していきます!
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